2008年4月28日 (月)

自分の寿命の残量

05/11/20 (日)

【私的めもらんだむ】
 
○9時半、左手の肘の痛みが続く中、今度は右足の足首が痛み出している。予想されたことだがやはり辛い。痛風は必ず左から右、もしくは右から左と両方が痛むことは分かっていた。少しは動ける今のうちにに餌をやってしまおう。今日の夕方には右足の激痛に悲鳴をあげているはずだ。そして明日には松葉杖のお世話になる。それが過ぎて沈静化すれば何事もなかったように歩いている私の姿があるというわけだ。それまでして生きる意味があるのかどうか、こんな欺瞞だらけの世の中で生きるのってメンドクセーなぁ。渇、これからコンバットのテーマソング口ずさんでギャアギャア(ニャアニャア)鳴き喚いているたちに餌をやる。さぞ腹減ったろう、寒かったろう。ペットボトルにお湯でも入れて即製の湯たんぽつくってやろうか。

○10時半、げっ、やりやがった・・・マァがオーバーの上にウンチしやがった。これで4着ばかりの厚手の上着全てが着れなくなった。うち1着は気付かないうちにやられて、乾いたウンチがオーバーにクリスマスツリーのようにぶら下がっていた。洗濯してもオシッコの臭いは消えない。妹が「アニキ、なんかオシッコ臭いよ」と云っていた原因でもあった。とにかく今日にでもみんな洗濯しておこう。

今まで練っていた構想をひとおもいに実現しようと画策している。とりあえず技術的なことなんだけど、最初は広告の入らない有料サーバへの加入・・・そのメリットは1ファイルあたりの転送量に制限がなくなること。主に転送量の多い動画配信に有効だ。それと図解への表現力のアップ、これまで静止しているだけの図解に動きを与える。広告が入ると位置がずれしまう欠点が、広告の入らない有料サーバでは位置ずれが無くなるのだ。有料はイタイが、年々安くなってきており、頃合いを見計らってきた。そのときが来たのだと・・・月2000円の出費、容量は2ギガ、1ギガ増やすごとに200円が加算されるけれど、やっと手の届くところに来たという感じ。
一気に自宅サーバを構築しようとも考えたが、そのためにはもう一台パソコンを買う必要が出てきてしまう。当初考えていた旧パソコンではとても持たないことが分かったのだ。それにIPアドレスの固定版を取得しなければならない、という問題もある。固定アドレスゆえにハッカーに狙われるのは必須で、嵐のように押し寄せてくるウィルスを防ぎ切れるかどうか・・・今使っているXPでは簡単に関門を突破されてしまうことも分かった。あと1年もすれば、それらをクリア出来る機種なりソフトなりも出てくるだろうから、そのときまで待つことにした。
待つ・・・そう、待てないところの部分で苦慮しているのだ。こう体に異変が出てくると、自分の寿命の残量が如何ほどか、およそ予想がつく。ホームページを開設してからもう8年余りになろうか、その蓄積が私の残量切れと共に消滅してしまうことが耐えられないのだ。開設した当初の「これを単に自分の道楽だけでは終わらせまい、後世の人々に役に立つようなデータベースとして残そう」との初心が、今まで何とかホームページを維持してきた原動力にもなっていた。しかし私が死んでしまえば全てが無に帰してしまう。私にとってその死は無そのものだが、これから生きていく人々にとって少なからず私のHPが有用とされるならば、それは死ぬ前の私の最期の仕事ではないか、と思ったのである。そのためには具体的に何をすべきか・・・

寒い、湯たんぽは猫族たちに占領された。注文したホットカーペットはまだ来ない。今日は上着を洗濯して、アレ、書くことを忘れてしまった・・・なんか頻繁にこういうことが起こる。さて、私は誰でしょう???腹減ったぁ~、肘が痛いよ~、おお、まだオレは生きているんだ!Uさんが送ってくれたサンマの缶詰と、Tくんが配給してくれた米でご飯を炊こう、食べよう。いつか乞食野郎の恩返しを夢見て、とりあえずの空腹を満たそう。友よ、オレはかくも壊れてしまっているけれど、見捨てずにいてくれてアリガトね。

○12時半、今電話しようと思って受話器を左手で握っている自分に気付いた。え?お!ほえ?!握れたじゃん、オレは受話器を握っているぞ!!!って思わず叫んでしまった昼下がりの日曜日であった。これで左肘は沈静化確実となった。ウレピーにぁん。一応報告まで(バカですね~)。さてご飯を炊くか・・・

○15時半、松葉杖を使ったアニメを作り始めた。随分若返ってる。いや、さほどでもないか・・・うむ分からん。むろん試作。そろそろ右足が痛くなってきた。ご飯炊くの忘れてた。

Matubatue01


こんなメールが届いてた。

なんでもするのでご飯おごって下さい--------^( ToT)^

美雪д・)さん(18歳・学生)からメッセージが届いております

少しだけでいいから助けて欲しいです。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。超困ってマス( p_q)
エーン
お腹減ったよぉo(;TдT)o
近頃だんだん痩せ細ってきましたo(;TдT)o
生フェラするのでお願いo(;TдT)o
ご飯おごって下さいo(;TдT)oコンビニのおにぎりでもいいですo(;TдT)o

最近アルバイトを辞めてしまい、生活苦に陥ってます。
おにぎり1個でも買ってくれたらフェラします(切実)
お願いだから美雪のこと助けて下さい(>_<)

こりゃ大変だ。美雪ちゃん待っててね、今すぐご飯炊くから・・・
つーーか、てめえら勝手に腹減らして餓死してしまえ。
ああ足が痛え・・・足舐めてくれたら一口だけ食べさせてもいい、かな。
いや駄目だ。美雪ちゃんには明日のニッポン国のためにも餓死してもらいましょう。

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2008年4月27日 (日)

室内温度計は6℃

05/11/19 (土)

【私的めもらんだむ】
 
○7時半、幾分肘の痛みが軽くなってきたが、それでも着替えをすることは出来ない。手を上げると激痛が走るからだ。今朝も寒く、室内温度計は6℃を指している。鼻水を垂らしながらコレを書いている。注文したホットカーペットは2000円に満たない安いものだが、消費税、送料、手数料を加えると3000円ちかくなる。入金確認のメールは届いているが、肝心の商品がまだ届いていない。寒い、痛い日々の辛さに「明日のみえない貧乏ぐらし」がよりリアルに展開している。これは実に壮観である。痛々しくも哀れな貧乏男が猫15匹に囲まれて、この未曾有の不況の嵐に翻弄されている。そんな動画をつくったらドーガ?なんて、きっこ風のダジャレを飛ばしつつ、みなさんいかがお過ごしですか?これはオヤジギャグだな。アイテテテテ・・・肘が痛む。キーボードが打てない・・・とほほ。

○中国での鳥インフルエンザ隔離者5000人以上という未確認情報は、ホントだとすれば新聞記者にとっては大スクープになるね。人類の最大の危機とも云えるんじゃないか。それでも中国は否定し続けるだろうが・・・マスメディアが少なめに報道しているところの感染情報は、それが意図的なものかどうかも問題にすべきかも。何から何まで操作されているような嫌な予感がする。

02nekozenin

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2008年4月26日 (土)

死を予感する

05/11/18 (金)

【私的めもらんだむ】
 
○朝、鏡で自分の顔を見た。伸び放題の髪の毛に無精髭、落ち窪んだ眼・・・何より顕著な鉛色の顔色。まるで死人の顔だ。これがここ数日激痛に眠れなかった男の顔だと・・・死を予感する。悪運強いコイズミ独裁の晴れがましさをそのままに、死んでたまるか口惜しさの悲運の自分が歯軋りしている。コンバットのテーマソングを我が再生行進曲に変えて、孤独な生活戦争への絶え間なき戦闘に赴くのだ。左足が駄目なら右足がある、左手が動かないならまだ右手がある。両手両足が駄目なら、蛇のように這い蹲れ。狙いはただ一点、人権を踏み躙って高みに君臨する権力の魔性だ。その魔性に憑依された権力者だ。

寒い・・・昨日ホットカーペットを注文した。一人用、洗濯可能なやつ、来るのが待ち遠しい。早く来ないと凍え死んじゃうよ~。今日は今の仕事を仕上げる。それを終えてからゆっくりレノン殺害の謎解きでもしよう。その前にちょっぴりワインを口に含んで、まだ生きている実感を味わうんだ。ああオレはまだ生きている、お~ぃ、オレは生きているぞぉ~って、心の中で思いっきり叫ぶんだ。その前に、再生行進曲を口ずさみながら、まずは俺自身の孤独な戦場へ行進だ。11時15分現在、おーる二等兵第一線に出発進行。

○15時半、仕事を仕上げた。その間、材料を零し、水砥ぎした後の水滴で再度の上吹きをしたり、これ以上は望めないと自分なりの完成度でもって仕事を終えた。監督はそれこそ針の穴程度のミスをも許さない、顕微鏡のような眼力で検査するわけだが・・・それも単価に見合った許容範囲で検査してほしい、というのが偽らざる下請けの願望なのだ。生かさず殺さず、でも良いから、餓死しない程度の仕事だけはさせてほしいと・・・痛い左の肘を庇いながら思うのだ。足のほうは何とかガムテープで固定しているが、肘は悲鳴をあげるほど痛みを持続したままだ。肘にもガムテープを幾重にも貼ってあるのだが全く効かない。触ってみると破片のような感触、どうやら皿の部分が砕けているらしい。以前、転倒したときに砕けたもののようだ。仕方なしに右手を使ったが、これも限度があった。高所から転落したときの古傷が再発しそうなのだ。自分の体を騙し騙し、何とか仕上げることが出来たというわけ。やるだけのことはやった。

○この前、再度のハリケーンに見舞われた米国がテレビに映し出された。無残に破壊されたマイホームに頭を抱える人々・・・ホラ始まるぞ「私の神」絶叫シーン、と思った矢先にある白人男性が天を仰ぎ(このシーンも予想していた)「おぅ、まいごっと!」と叫び出した。おまえさん個人の神様かよ、みんなの神じゃないのか?このエゴイストめ、と思わず不謹慎な想いが頭をよぎった。壊れた家ならまた建て直せるが、あんたたちが容認しているところのイラク戦争はどうするの?壊されていく人間の命は建て直しようがないじゃないか。

○23時40分、肘の激痛に悲鳴をあげている。足のほうより、左手の肘の激痛が顕著だ。キーボードを打つのも困難になってきた。というわけで肘の痛みの沈静化を待って、あらためて日誌を書くことにしたい。あしからず・・・医者に診てもらうことも考えている。

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2008年4月25日 (金)

ALWAYS 三丁目の夕日

05/11/03 (木)

【トピック】
 
★「ALWAYS 三丁目の夕日」…人情たっぷりの「昭和」

 東京タワーの完成、長嶋茂雄の巨人軍入団(いずれも昭和33年)など、夢と希望にあふれていた昭和30年代。郷愁を誘う“よき時代”に暮らした庶民を人間味たっぷりに描いた映画「ALWAYS 三丁目の夕日」が、11月5日から全国東宝系で公開される。

 当時の商品パッケージが復刻されたり、30年代をテーマにした施設などに人気が集まるなど昭和ブームが続いている中での上映だ。

 原作は西岸良平さんの漫画「三丁目の夕日」。コミック本はこれまでに約1400万部が販売されている。映画では、吉岡秀隆、小雪、堤真一、薬師丸ひろ子、三浦友和らが「夕日町」に暮らす住人を個性豊かに演じる。家庭に入り始めたテレビ、洗濯機、冷蔵庫の「三種の神器」や、近所の家に押しかけて見たプロレス中継など、当時の光景も見事によみがえる。

 厳しくて頑固な父、いつも優しくかばってくれた母、あるいはわんぱくで手を焼いた息子、泣き虫だった娘……と、見る人一人一人の思い出に語りかけてくる作品だ。悲しい涙ではなく、ジーンと心が熱くなって流れる後味の良い涙。人との温かい触れ合いがあったあのころの、今は心の奥にしまってある「思い出」の宝箱をちょっと開けてみたくなる。

(2005年10月31日 読売新聞)
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Image 見どころ
1400万の発行部数を誇る、西岸良平の傑作コミックを映画化。VFXを駆使して再現された昭和30年代の東京下町を舞台に、人々の人情味あふれる物語が展開する。

ストーリー
個性豊かな住人が暮らす、昭和33年の東京・夕日町三丁目。そこにある鈴木オートに青森から上京した六子が就職。大企業を期待していた彼女は、鈴木オートが自動車修理工場だと知り落胆してしまう。

○前々から「貧しかったけど逞しい、あの頃のことを3DCGで再現できないか?」と模索してきた私だが、この映画によって実現した感がある。上の映像を見ていると、私の両親の顔がダブってくる。ここ「日々雑感」でも、こうした試みをしていきたい。

▲「ALWAYS 三丁目の夕日」監督 山崎 貴

 昭和33年(1958年)の東京・下町を舞台に、人々の暮らしと人情を描く「ALWAYS 三丁目の夕日」が来月5日、公開される。
 CGを多用したSF映画で知られる山崎貴(やまざきたかし)監督(41)の意欲作だ。(原田康久)


 「ハリウッドにも負けない」と評価の高いVFX(視覚効果)技術を駆使し、「ジュブナイル」「リターナー」とSFの話題作を撮り続けてきた。その技術をそっくり、昭和の再現に使った。
 「どこにもない風景を作るSFと違い、多くの人々の記憶に残る時代を描くのは怖かった」
 だが、スタジオに建てられたセットと、CGを合体させて作った映像はまさに圧巻。「昭和30年代に時間移動して、そのまま収録してきたというレベルの映像を目指した」の言葉がうなずける技術力だ。
 だが、今回は「CGと分かられてはいけない仕事」とも心得ていた。主役は当時を生きた人たちで、彼らの織りなすドラマが中心となるからだ。
 終戦から13年――。がれきの下から再出発した国民の希望を象徴するように、建設中の東京タワーが日に日に高さを増している。その空の下で、自動車修理工場を営む鈴木家(堤真一、薬師丸ひろ子、小清水一揮)、売れない小説家(吉岡秀隆)ら、市井の人々の暮らしが描かれる。テレビや冷蔵庫が家に来て、新製品のコーラを不気味に感じたあのころ。「『そんなこともあったね』と思い出せる話にしたかった」と話す。

▲アニメーションと実写 垣根消える?

 アニメーションの技術を駆使した実写映画や、実写映画でよく使われる手法で作られたアニメーション映画が、次々と公開されている。アニメーションと実写の垣根はやがてなくなるのか。また、世界に誇る日本のアニメーション技術は、実写映画の新たな地平を切り開くのか。現状を取材した。

佐藤江梨子主演の「キューティーハニー」は、アニメーションの技術が生かされた実写作品
 ピンクのコスチュームに身を包んだセクシーな戦士が、空中を乱舞しながら、敵の攻撃をかわしていく。見たことのない新鮮で迫力ある映像が、スクリーンいっぱいに広がった――。
 永井豪の漫画を映画化した「キューティーハニー」の一場面だ。
 内容もさることながら、役者が演じるこの実写映画には、アニメーションの技術がふんだんに生かされている。冒頭の映像は、通常の映画なら役者をワイヤでつるして撮影したり、役者をコンピューター・グラフィックス(CG)で描き直したりするところだろう。

 しかし、庵野秀明監督は「ワイヤアクションには新味がない。CGは人間の表情をうまく出せない。生身の人間が汗をかいている感じや、歯を食いしばっている表情をどうしても出したかった」と語る。
 そこで、「新世紀エヴァンゲリオン」など数多くのアニメーション作品を手掛けてきた庵野監督は、アニメーションの技術を応用。「ハニメーション」と名付けた技術で、迫力ある戦闘場面を作った。
 まず、通常のアニメーション作品のように、アニメーターがハニーの連続した動きを描いた原画を作成。次にハニー役の佐藤が、絵の通りにポーズをつけて、ひとコマずつ撮影する。1秒間の映像用に12コマ分の撮影を行った。
 これにより、アニメーションのキャラクターのように、ハニーは自由に動くことができた。庵野監督も「大変な撮影なので短いシーンとなったが、それでも際立って新鮮な映像に仕上がった」と満足そうだ。

 「今後は日本の優秀なアニメーターにも加わってもらい、彼らの感性を導入して、従来のCGにもアニメーションにもない新しい表現を生み出したい」と、三宅社長。また、庵野監督は「道具が違うだけで、最初から僕自身の中に両者の垣根はない」と言い切る。
 少なくとも、日本のアニメーション業界にひしめく多くの才能が、新しい表現を切り開きつつあることは確かなようだ。

★映画「ゴッド・ディーバ」エンキ・ビラル監督に聞く

Image1  映画「ティコ・ムーン」で臓器移植やクローンを描いて見せたように、異世界を描きながらも、いつも現実の世界を直視した問題を提起する。

 「人間性の喪失を問題にしたかった。限りなく進む遺伝子工学と、それを商売として扱う巨大企業がある。これらの企業の肥大化によって、いつか人間性が踏みにじられることはないだろうか、と」

 「人間性の喪失」――。それは図らずも、公開中の押井守監督作品「イノセンス」と同じテーマだ。

 「つまり、アーティストは、政治家たちの危機感よりはるかに研ぎ澄まされた感性で、問題に気づきだしたということだ。今こそ、アーティストの提起する問題を論議すべき時だ。そして僕らは、作品を通じて人々の感性に訴えるだけでなく、何か行動を起こすべき時かも知れない

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2008年4月24日 (木)

私はこれで救われました

05/11/01 (火)

【私的めもらんだむ】
 
気が滅入ったときのお薦め面白動画「千葉!滋賀!佐賀!」

私はこれで救われました(って、大袈裟)。

コイズミ純イチローの場合「コイズミ総理大臣の貴重な産卵シーン」とか・・・為政者をターゲットにしたナンセンスギャグの連発も面白いかも。

で、爆笑連発まちがいなしの「おもしろフラッシュ総合サイト」

動画編(試作) : 『馬鹿が戦車でやってくる』

ポスター編


Baka050928

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2008年4月23日 (水)

動画:狙撃兵

05/10/31 (月)

【私的めもらんだむ】
 
動画 : 狙撃兵 (test)

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2008年4月22日 (火)

動画:お~い!戦争なんか止めて逃げて来い

05/10/30 (日)

【私的めもらんだむ】
 
動画 : お~い!戦争なんか止めて逃げて来い (test)

※ページ最下段

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2008年4月10日 (木)

チョロ松はぐっすり寝入っている

05/10/23 (日)

★北野武の新作がベネチアでお披露目

 現在開催中の第62回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に、北野武監督の最新作「TAKESHIS'」が出品された。事前には一切告知されず、上映当日に発表される「サプライズ出品」というかたちでの発表となった。公式上映の事前に行われたマスコミ試写においても、「サプライズ上映」としか告知されておらず、上映が始まると、その名の通り大いに観客を驚かせ、上映後は拍手に包まれたという。

 同作は、芸能界の大スター“ビートたけし”と、彼にそっくりで、コンビニ店員をやりながら売れない役者として苦闘する“北野武”の2人が出会ったことから始まる物語で、空想やイメージが入り乱れ、現実と幻の区別が曖昧な物語になっているとのことで、公式上映に合わせてベネチア入りした監督自身も、本作について「理解するのではなく、体感する感じ。観客を混乱させたかった。面白かった、つまらなかった、といったような言葉には当てはまらない形容をしてほしい映画」とコメントしている。

 ベネチア映画祭では、97年「HANA-BI」で金獅子賞、03年「座頭市」で監督賞を受賞した北野監督ならではの破格の待遇。今年の受賞結果は9月10日(現地時間)に発表される。なお、「TAKESHIS'」は11月に全国ロードショーの予定。

「TAKESHIS'」オフィシャルサイト

○最新作「TAKESHIS'」には正直、幻滅した。テレビの予告編でちょっと見ただけなんだけど、車中から道路を覗いたシーン、数人がマネキンのように静止して立っている。これってオムニバス映画の一編「悪魔の首飾り」のパクリじゃないか。真似てもいいから、せめてマネキンが逆さ吊りに現れるとか、違った表現の仕方もあったはずだ。
 「悪魔の首飾り」はフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)監督がエドガー・アラン・ポーの小説を映画化したもので、映画俳優の主人公が夜中にスポーツカーを吹っ飛ばして、最後にワイヤーを張ったところで首引っ掛けて、生首が転がるというもの。その疾走する車の中から静止したポーズの人間が見えるシーンがある。それと全く同じなんだ。もう北野の映画は見ないよ。

【私的めもらんだむ】
 
14時半
仕事は最後の段階、補修パテを水研ぎする段階にある。最も神経を使う段階だ。パテの乾燥を待っていたが、そろそろ仕上げに向かう。チョロ松はぐっすり寝入っている。時々首筋をマッサージをしているが、効果は全く見られない。

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2008年4月 9日 (水)

チョロ松が・・・変だ

05/10/22 (土)

【私的めもらんだむ】
 
チョロ松が・・・変だ・・・よろよろ・・・痙攣したように・・・傾いて・・・歩いてる
ねえチョロ松、どうしたの???・・・どうしちゃったの?・・・さっきまでじゃらけていたのに・・・オレ、困るんだ・・・おまえが元気でないと・・・死ぬわけないよな・・・ふざけてんだろ?・・・冗談キツイよなあ・・・なあチョロ松・・・ふざけてんだろ?
午前0時20分

午前1時
051004tyoro4チョロ松は寝入っている。体温は正常みたい。定期的なクックッという小さな鳴き声、苦しそう・・・体の中の何かと闘っているんだ。神経がやられてるみたいで、起き上がるにも頭が上下に揺れて思うようにならないようだ。思い当たることは、午後マアチョロ松の首根っこを咥えて、チョロ松が悲鳴をあげていたこと・・・叱り付けてやめさせたが・・・その後遺症かも知れぬ。しかし何が原因か本当のところは分からない。突然に・・・ということしか分からない。命に別状はないだろうが、正常に歩くことは出来ない、という障害を死ぬまで背負うことになりそうだ。朝になって、チョロ松が元気に飛び回っている、そんな奇跡を信じたい。今はそっと寝かしておこう。

さっきは取り乱してしまった。何とか命だけは助かってほしい。母の最期を思い出した。このまま寝たきりになってもいいから、何とか命だけは助かってほしいと・・・願いは叶わなかったが・・・今、小猫チョロ松にかける願いも同じだ。
パーコが今いつものようにチョロ松の上に乗ってきた。苦しいのかチョロ松が抜け出そうとする。ああ駄目だ、チョロ松は痙攣したように抜け出して来た。何とかチョロ松を一匹だけにさせて寝かしてやるが・・・ああ今度はマアチョロ松の上に・・・今夜は眠れそうにない。チョロ松の体は上下に大きく収縮を繰り返している。苦しそうだ。こっちも苦しくなる。いつもおっぱいをあげているミーコチョロ松の上に被さってきた。これでは弱っているチョロ松が息ができない。どかしても、どかしても、ミーコチョロ松の上に・・・ああ、どうしよう?

前にもこんな場面が何度もあった。延々との看病をしながら、それでも死んでしまった猫ペロそして・・・名前忘れた数匹。助かった猫ナメジロウブサイクなどなど・・・車に轢かれて死んだ、数知れず・・・だから外には出せない理由、それを人は可哀想と・・・私は動物虐待者か?今日は朝までチョロ松を撫でていよう。

ねえTくん、君と心許せる数人にだけは打ち明けたそれ以上の私の苦衷を・・・だけでない、あのことさ。ここでは一切書かなかった、あのことに比べれば、小猫の看病はまださほど辛くはないさ。それでも発狂しないでいられる私を、君は同情してくれたね。ちょっとばかり畏敬も混じってたのかな。でもね、私はあのことを境に、自分の何かが取り返しのつかないほど壊れたと、言いたいんだ。さほど強くはいられないもの、人間って・・・私は壊れている、イコール狂っているということにもなるだろう。私は一般人が云うところの正常ではないんだ。こうしてどうでもいいような小猫のことを、異常なほど心配しているのがその証拠さ。今日ね、工場で大きなミミズを見つけたよ。死んでしまっていたようだけど、そっと原っぱに戻しておいた。そして、私がやさしいばかりの人間じゃない、ひどく冷酷な裏の部分もあるってこと打ち明けたね。いわば私の命に内在する光と影、というわけさ。誰しもが潜在意識に内包するこの相対的な本能を、私も例外なく持ち合わせている。私が暴力団の事務所で半殺しの目にあったのも、私が恐怖に麻痺した狂った勇気を持ち合わせていたからさ。正常なら出来ないよ。がじゃれあって暴れている。傍らではチョロ松が苦しんでいるというのに・・・でも、それが自然なんだ。彼らは本能のままに、ただ生きることを生きてるだけさ。が羨ましいよ。私が何が云いたいのか、自分でも分からなくなっている。

早く夜が明けないかなぁ。朝日がチョロ松が差し込むと、とたんに元気に歩き出すんだ。そこに「チョロ松が歩いている」って、小躍りして喜んでいる私がいる。戻らない平凡は、戻せない時間、その時間を遡ってどうする?どうしたいんだ?って、いつも自問自答してる。今ね、チョロ松に触ったらもがいている・・・生きてるんだ。午前2時半。

「あのことのこと」って、こんなことまで書き出して何になるんだろう?とも思うけど、私的だということで自由気まま、勝手気ままに書いてもいいんじゃないか、というところで書いている。誤解されやすい書き出しだったが、誤解されたままでも別にかまわない・・・およそ矛盾するプライベートのこと。私ではなく、それ以外に傷つくであろう人物のことを考慮して肝心な部分は伏せておきたいだけ。でも、本当はそういうことのほうが大事だってこともあるんだ。それと同時に、表現者としての訓練という意味合いもある。「あまり生々しい他人の傷口は見たくない」って、一昨日ある人から云われたばかりだ。傷口とは云っても、この場合精神的なもので、でも考えようによってはより生々しいかも知れない。だから適当にボヤかしてもあるんだが、効果はなかったかな?第三者が読んでもおそらく何のことやら分からないだろうし・・・その曖昧さが狙いでもあるんだが。

チョロ松は相変わらず寝入ったままだ。この辺になると私も意識が朦朧としてくる。少し仮眠しよう。午前3時半。

午前5時
目覚めたらチョロ松が居るはずの場所に、マアが寝入っていた。慌ててチョロ松を探すが、チョロ松は私の足元でパーコミーコと一緒居て、そして私が用意していた皿の水を飲んでいた。何という生命力!・・・だが異常な動きはそのままだった。凄まじいまでの「生きる」という命の本能を見せ付けられた思いだ。今はひたすらミーコのおっぱいを吸い続けている。これが生物本来の本能なのだと、悩んでいる暇などない命の原点を、小さなが当たり前のように具現化している。

かつて「こんな捨ててしまえ」と、それでも私が庇い続けたがいた。自動車に下腹部を轢かれてペッチャンコになった小猫のことだ。排泄物を垂れ流しながら、それでも前に進もうとするこののことを、妹が覚えていた。「あのが死んだとき、あんちゃん声あげて泣いたから覚えている」らしい。生きている間、そのはずっと私に寄り添っていた。足の不自由なことを忘れるほど活発なで、なんと私の肩によじ登るのが習慣になっていた。その一所懸命さが好きでずっと飼っていたのだった。

いまチョロ松も懸命に生きようとしている。私は決してこのを見放すようなことはしない。私の足元で固まって寝ている猫たちパーコ、ミーコ、エリ、マア、そしてチョロ松・・・バン(車)にはチロ、ミッコ、イチコ、ニコ、そして二階にはナメジロウ、ブサイク、茶々丸、ナメタロウ、クロベエ、ハナ計15匹がいる。みんな私の家族だ。もうすぐ夜明けだ。

午前6時半
お粥つくってて鍋焦がした。

午後3時20分
磨きを終え、ベースにサーフェサー吹き付けて、一段落。
小降りの雨、工場内は薄暗く、細かいところが見えなかった。
チョロ松を撫で、皿の水を与える。相変わらず小刻みに痙攣しながら、二口ほど水を飲む。体温も心なしか下がってきているようだ。何とか生き抜いてほしい。

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2008年4月 8日 (火)

父ちゃん、この俺のブザマを見てるかい?

05/10/21 (金)

【私的めもらんだむ】
 

ロータップ納品の際、今日は監督から単価の一件を切り出してきた。500円の上げでどうか?という。私は1000~2000円の枠で考えていたので、これにはショックだった。現時点での材料費は平均およそ700円の値上がり、それに来月はまた再値上げが予告されている。それを見越しての1000~2000円枠だったのが、500円では僅かな利益ですら食われてしまう。とりあえず私は700円を提示、監督は「顧客に値上げを強要できないのと同じで、材料費の値上げ幅をそのまま製品単価に反映することはできない」と云い、私は「それは承知しているが、すでに値上がりした材料で仕事をせざるを得ないこっちの事情も分かってほしい。地代も払えない状況下で追い出される寸前なのに利益が出なければ店じまいするしかない」と云う・・・「それはそっちの事情だろう。我々の責任範囲外のことだ。社長は300円ぐらいの値上げ幅しかみていない」・・・ガーン!!!である。このバカ社長!下請けを殺すつもりか!と口に出そうになったが、何とか言葉を呑み込んだ。数年前のあの時、社長は云ったはすだ「何とか仕事を続けてもらえないだろうか?この仕事はオタクでしか出来ない。単価を上げてもいいから頼みます」と、あれ以来私は一度も単価の値上げは口にしていない・・・それが今たった300円の値上げで済まそうとしているのだ。ヤッテラレルカ!

「明日から会社を辞めます、では困るんだ」と監督、「前の車両元請けみたいなことはしない、出来ない。あの時はこっちもバッサリ切られましたからね。それが全てのトラブルの元にもなっている。ただ、そうした経過を辿ってきたこっちの事情が色濃く影響していることだけは分かってほしい」と私、「こちらとしては仕事をキチンやってほしいだけだ。現時点での値上げ幅は材料費の範囲内で考えてほしい」と監督・・・「それは分かる。しかし数年来の作業を通じて、仕事に見合ったおよその単価を割り出しながらの単価提示だ。700円は譲れない」・・・社長は300、監督は500、私は700というわけだ。それぞれたった200円ぐらいの差額だが、それが継続して加算されればけっこう大きくなる。この瞬間の決定事項が数年間に及んで固定されるのだから、いわばお互い踏ん張り時の正念場なのだ。といいつつ自分でもバカらしくなった。

で、今仕事を放棄してコレを書いている。全く次の仕事をする気が起きない。かといって今日はこれから頼んでいた材料も入荷してくるし、結局は重い腰を上げることになるんだけれども・・・萎えた心が再び勃起するには時間が必要だ。近頃の現代アートはプロセス重視の傾向にあるのだそうだ。これは現代社会にも大きな問題を投げかけてくる。全てはカネだ、結果だと、経済効率の極限で押し潰されるその人間存在を復活しようとするならば・・・当然の帰結であろうと・・・一人閑散とした工場で孤独な作業を継続してきた私にも分かるし、当てはまる。拝金主義社会にあっては無駄でしかない心の領域を、現代アーチストは直感的にその危機を感じ取っているのだ。私はアナタを思っている。アナタは私を思ってくれますか? 自分が思うほどに相手には思われず、自分が忘れた相手から突然電話がかかってきたりする。元気?・・・誰?・・・アタシよ、もう忘れたの?・・・そんなこともあった、過去形が哀しい。思いにカネは要らない。価値形態ですら無意味な心の領域を広げて、埋没し包み込まれながらいれば・・・それはそれで幸福だと云えるんじゃないか? 無限の心の世界、その中で、一瞬でも幸せだと感じられるならば、それを取り逃がさずに心にシッカリ固定する。繰り返し繰り返されるプロセスの渦中にこそ私の全存在が有ると・・・今日も閑散とした工場の中で孤軍奮闘する自分がいて・・・父よ母よ、そして友よ・・・と心の内に呟き続けている。午前11時。


まただ・・・いつまで待っても頼んだ材料が来ない。配達の若衆、パチンコが大好きらしいから、パチンコに夢中になって忘れているんだろう。つい数日前にも、再度の催促をしてようやく届いたばかり。パチンコがそんなに好きなら、配達を終えてからやるとか、考えられないのだろうか?もう云うべき言葉がない。監督も同じことを云ってた。怒りすら萎えてくる、問題外だ。仕事をしたくても、仕事が無くて困っている連中が世に溢れているというのに・・・1兆円用意するのは造作ない、などとのたまわるIT成り上がり共々、テメエらみんな自分の尻の穴に頭突っ込んで消えてしまえ!!!15時・・・今日はもう仕事は止めた、つーか出来ない。


16時、工場に行ったら注文の材料がポツンと置いてあった。ひとこえ、声をかけてくれと云ってあるのに、いつも逃げるように立ち去る。今からじゃ仕事にならねえんだよ、アホ。PG80「リッチマルーン」3.6k、11200円・・・前は10500円、やはり700円の値上げだ。それに消費税560円が加わる。特にこのリッチマルーンは高価で、監督に前から別の色系の材料にしてほしいと頼んでいるのだが「この材料でなくては駄目だ」と云われている。これでは利益が出るはずがない。2万に満たないベース(標準12000円)にほぼ同額の材料を用い、ちょっとでも傷があると全面吹き直しを命じられる。それでも仕事があれば嬉しいし、心も充実するというもの・・・凸凹だらけの鋳物にパテを付け、磨いて磨いて、塗料を吹き付けて、表面を鏡のようにピカピカに仕上げていく。そんな自分の労苦に報いるのが一杯の安ワインだったりする。この達成感に酔いしれる僅かな楽しみのために仕事をしているようなものだ。それもそろそろ出来なくなりそうだ。地主は今から「正月前には二ヵ月分の地代を払ってほしい」と云うし、固定資産税とかの督促状来てるし、材料代の支払いを考えたらヤッテラレナイことになる。そんな時に脳裏に浮かぶのがとっくに死んでしまった父のことだ。

051004tyoro5 父ちゃん、この俺のブザマを見てるかい?いつ潰れてもおかしくないまでに傾いた今でも、俺は父ちゃんの会社にまだ居るよ。会社丸焼けになってもまた再建した父ちゃんだもの、その会社だもの・・・たった一人になっても俺だけは逃げられないんだ。父ちゃんは何十人という職人を束ねてきたけど、俺はいま15匹の猫を束ねている。と人間じゃ大違いだね。「出勤のたびにオマエの家の前を通るんだが、なんか窓からいっぱいが顔出してるな」と同期生のKに云われた。嫌いの隣の奥さんに睨まれながら、同業者には「あいつ何考えてんだ?」って嘲笑されながらも、やっぱり子猫チョロ松は可愛いんだよ。今も膝元でチョロ松が寝入っている。隣の奥さんが俺の家を猫屋敷だって、みんながそう噂してるって、わざわざ教えてくれたよ。嫌いの奥さんてば、そんなこと教えてくれなくても想像つくべさ。
明日はベースをオービタル・サンダーで磨く。その後にはもう一台ベースが入ることになってる。凸凹の鋳物がどんなに綺麗に仕上がるか、神様に献上するような気持ちで取り組みたい。そんな心さえ保っていれば、俺は職人として誇りをもっていられる。そう思うし、それしかない。父ちゃん、俺、間違っているか?

人ごみに、吼えて荒野に立つ想い、野ざらしの野性のままで

23時
今日はダラダラ日常を書き綴り、まとまりのない文章になってしまった。反省。出勤のたびに我が家の前を通る同期生のことを書いたが、その同期生Kからさっき電話があった。私のHPをやっと覗くことが出来たという。「なんか鳥の写真あったな」というから私のHPに間違いない。仕事中だったので短い間しか覗けなかったと、以後、延々と電話での長話になった。確か先々週にも電話があって、その時も長話になったっけ・・・話べたな奴が珍しいな。私の中学の頃、はにかみ屋だったと・・・そんなこたぁ、覚えてないべ。そういえば監督もインターネットやってるはず、ここにバカ社長なんて書いたけどバレたかな?弟も私のHPは知ってるはずだ。高校生の息子もパソコンやってるらしいから、すでにここ覗いているかも知れない。大きくなっただろうなぁ、いま会っても分かんないな、多分。オジさん頑張ってますよ~なんちゃって。ガラじゃないよな。

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