2006年12月20日 (水)

猫の死に振り回されたここ数日

03/06/29 (日)
 
 猫の死に振り回されたここ数日、その命のことばかり考え続けていた。茫然自失の日曜日・・・グレィ子猫四匹を家の中に入れた。グレィは何処にいるんだろう?死んでしまったのか・・・
クロのときと同じように、私はまた野良猫の子を育てるはめになった。グレィの子に餌を与えようとして指を噛み付かれる。指から血が流れる。これが野性なんだ。いつから私は飼い慣らされたのか・・・不条理に怒ることもせず、ただ生活苦を嘆いている・・・

 気を引き締めるためトップに大塩平八郎の檄文をリンクした。辺見庸氏の「永遠の不服従」を思い出している。

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悪いことは続くもの・・・

03/06/28 (土)

 悪いことは続くものだ。行方不明だった二匹のうち、一匹が死んでいるのを発見。もう一匹もおそらく死んだものと思われる。
何ということだ・・・これでミッコの生んだ子猫はたった一匹になってしまった。いま冷凍庫には二匹の子猫の遺体が保管してある。力が抜けて埋葬する気にもなれない。

でも、しっかりしなくちゃね。猫の死にも、未曾有の大不況にもめげず、ひたすら貧乏に耐えて耐えて・・・もう限界だと云いながら息絶えるのさ。冷凍庫の中に入って、と一緒にコチコチに凍ってるよ。どうか、そのままにしてほしい。墓は要らない、というまでもなくカネが無いから建てられないだろう。これがオレ様の死にざまだ。どうだ?!ソーリ、感動するならお悔やみ出せ。

 グレィ子猫三匹は健在だったが、グレイが何処にも見当たらない。心配だ・・・どうしたんだろう?いつも夕方になると庭で私を呼ぶのだが・・・

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昨夜、子猫クロが死んだ

03/06/27 (金)

 昨夜、ミッコの子猫クロが死んだ。
 私の不注意による事故死、小さな体をさすったが息を吹き返してはくれなかった。悲しいのに涙が出ない。子猫のように小さく鳴いてみる。母猫ミッコに、ごめんね。
不思議そうに私を見ている、の眼、眼、眼、その瞳・・・私もになりたい。
手にすっぽり入るようなちっぽけな遺体は、仏壇にチリ紙に包んで安置した。それを他の子猫たちがいじるので、仕方なく冷凍庫に保管した。そういえばペロが死んだときも冷凍庫に入れたっけ。埋葬するにしのびなく、そうして数日間保管していた。いま同じように小さな子猫が冷凍庫に入ってる。明日になったら庭に埋葬しよう。ペロの隣がいいね。角材を切って小さなお墓もつくろう。ペロのときのように、私はそこでしばらく酒を飲んでいよう。

きみが生まれたのは先月の30日だったね。初産で混乱するミッコを宥めての出産だった。ほぼ一ヶ月の命だったけど、死なせてごめん、そしてありがとう。
ポケットにでも入るような小さな命のこと、私にはけっこう大きなことなんだ。

めぐる季節のように、生まれた矢先から消えていく命がある。死んでは生まれ、生まれては死んでいく命の繰り返しに、その過程に私がいる。きみがいた。今日も何処かで生まれてくる命があれば、未練を断ち切って人生の終わりを迎える命もある。泣いた、笑った、それ以外の何があるというのだろう?

0602221iimage3_1  グレィの子猫三匹、見つけたよ。また工場の片隅にやって来たんだ。私を見るとすぐ逃げた。害のない人間だと分かるまで、私は辛抱強く見守るよ。追い出しはしないから、安心してていいんだ。もう一匹はどうしたんだろう?何処かできっと元気に生きてるさ。きっと・・・

夕暮れに子どもたちの戯れる声が聴こえてる。我が家のが、それを窓越しに眺めている。明日は晴れるだろうか?

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生まれたばかりの子猫二匹行方不明

貧乏克服日記 03/06/26 (木)

 雨の夜以降、生まれたばかりの子猫二匹行方不明。昨夜から探しつづけても見つからぬ。雨に濡れて、震えながら衰弱死してしまったんだろうか?いやいや、そんなことはない。明日になればひょっり現れるさ。

 戯れに猫族一同に呼びかける。「オレと一緒に死んでくれるか?」
あちこちから呼応する鳴き声が「うん、いいよ」と聞こえる。実際には餌をもらえると思って鳴いているのは分かっているんだ。でもね、これだけが勢ぞろいして一斉に鳴けば、そこに一塊の意志があってもおかしくはないと錯覚しちゃうんだ。その錯覚が心地よくてさ、ナメ次郎なんかペロペロオレの鼻を舐めるんだ。その勢いで猫いらず飲んでしまおうって、ふざけてるのさ。その前にたっぷり餌与えて、オレはいつものモンフレールをグイッと飲み干す。あとはおして知るべし。
新聞のタイトルが気になったりする。「東北で生活苦の男性がと心中、十数匹の猫と共に発見される!」 遺書には「みなさんありがとう。私はこれからたちと天国に行きます」とだけ書いてあった。本人は天国に行くつもりらしいが、それが地獄であったか定かではない。男性は生前「じねん」と「れいんぼう」なるホームページを開設していて、いま現在アクセスが殺到、これまで閑散としていた掲示板にも投稿が続出している。
これには小泉総理も「感動した!」を連発、生前男性が主張していた失業者ならびに中小企業への対応策を強固にすべく、国会審議が検討された。
波及はそれに留まらず、氏のホームページは各国語に翻訳され、いまも全世界からメッセージが寄せられている。北朝鮮の金正日総書記も氏の北朝鮮特集に感涙、全権を北朝鮮国民に委ねるという確約メッセージを寄せている。
掲示板には「おーるさんもこれで安らかに眠れるでしょう。今頃、多くの猫たちと天国で喜んでいるに違いありません。私にはそれが見えます」との投稿も寄せられ、読者の涙を誘っている、とか。

 夢想家の世迷言と云うなかれ、夢でもみてなきゃやってられんぞ、この底なし不況

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朝露は・・・

03/06/24 (火)

Syoyatude030624

                朝露は
               人の世の哀しみ
               痕跡のよう

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それでも産まれる子猫を捨てられない

03/06/22 (日)

割り箸を齧っている子猫くん、おまえは何故にそんなに腹が空く
さっきタップリ餌を与えたばかりじゃないか
ウンチを片付けるオイラの身にもなってくれ
回覧版、届ける途中で聴こえるの鳴き声
最近見かけなくなったグレィが私を呼んでいる
どうやら近所の人々に可愛がられているようだ
嬉しいね、逞しいね
そんな遠くから私を呼ぶなんて
私を忘れないでいたなんて
嬉しいよ
迷惑がられないよう
可愛がられるよう
として
身分をわきまえて
生きることだけに、生きていけ
おまえが死んだら私が葬ってやるよ
そうして何匹もの野良猫を埋めてきた
ゴミ袋を食いちぎる猫族
おまえたちは何故にそんなに腹が空く
ウンチやオシッコを掃除する私の身にもなってくれ
それでも産まれる子猫を捨てられない
可愛いいんだよ
分かってくれるかい?
とるにたらない小さな命に
心を寄せて
生きていて良いんだよ

呟く私の
小さくて
消え入りそうな
心を
おまえたちだけには分かってほしいと
思っている矢先に
またゴミ袋を食い破る

今夜もモンフレール
飲み始めている
日曜の
孤独
寂しいんだ

泣きじゃくった
チンピラの
その死に
バカが死んだと
嘲笑した世間様の
偽善を
今にして
思い出している私も
やっぱり
寂しいだけのチンピラか

創作工房つれづれの
これは、つたない我がぽえむ
無題

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辺見庸『永遠の不服従のために』

03/06/17 (火)
 
 裏のパチンコ屋の駐車場にはいつも数台の車が駐車している。パチンコ屋は営業していないので、無断駐車ということになる。子供たちが遊び回り、夕方になると車ごと何処かへ消えていく。これが毎日繰り返されている。何か事情ありとみた。想像するところ、借金の返済から逃れているか、そんなところだろう。事情はどうあれ、子供たちは活き活きとして、駆け回る。
は自然を眺めるのを好む。金網の張った窓から我が家の猫族たちが、山の遠景や、子供たちの戯れる様子を、じっと眺めている。 「あっ!猫がいっぱいいるよ!」目ざとくを見つけた子供たちが騒ぐ。

 遊びに興じる子供たちを見ながら、彼らが大人になった時のことを考える。
その未来はおそらく好ましい社会ではないことは容易に想像がつく。先送りしてきた膨大な国の借金は、否応なく若者のライフスタイルをシンプルなものに変えていくだろう。社会保障制度の破綻はより深刻で、今も現実に起きている国民年金の空洞化(99年3月末、未納者172万人、免除者400万人)は途方もない増加率を示すはずだ。失業者は一般化し、破綻した国の財政では保障のしようがない。仕事が無い、収入が無いのに払えるはずもない税金。小泉内閣が打ち出した改革は、次世代内閣に受け継がれては次々と断行され、それは弱者切捨ての非情な側面を露わにする。フリーターは当たり前、生産を無視してきたツケは技術継承を中断し、何も生み出さない脆弱な経済基盤と成り下がる。

 そんな危うさの中で若者たちは社会の価値観を根本から覆す、人間の命や心に根ざした価値体系を求めていく。そして、そこにもオウム真理教事件のような大きな落とし穴が待ち受けるだろうが、模索する潜在意識に内面的な葛藤をもって克服しようとする動きも出てくる。私はそれらの漠然とした予感に期待する。イスラム教、キリスト教、仏教に共通する教え「汝、殺すなかれ」すら守られてこなかった人類の原罪が、自らの潜在意識の中で蘇えるとき、打ち震え慄き心底から真理を求める心の転換期を迎える。生きるとは?死とは?人間は何処から、そして何処へ行こうとするのか?自分の心を探る過程で、自らの命が激震する。

 いずれ仕事の様相も一変するだろう。何に仕えるのか?カネをカネで買うような経済体系がいかに無意味であったか気付かされる。カネに平伏さない命と心に根ざした経済理念、自然形態の範疇を逸脱しないテクノロジー、命と心に関わる自然と人間との共生事業・・・仕事が労苦と感じさせないほど楽しんでいる、その証拠としての笑顔が溢れる世界。やっとここまで来たんだね。みんな嬉しそうに笑ってる。ここでは嬉しい心がエネルギーの源泉なんだ。大気が人間の感謝で放射する、そんな光り輝く世界のことを考えていたい16時10分現在の私心。

  世界とは何だろう。歴史とは何だろう。人間の存在とはいかなるものか。国家とはそもそも何なのか。人知とは何か。(中略) 9.11ほど苛烈で効果絶大な「試薬」はなかった。この劇物でもある試薬によって剥ぎ取られたヴェールの下から、まったく意想外の貌が次々露出してきている。眼前に次第に浮き出てきつつあるもの・・・それは、国家の途方もない暴力性であり、人間の限りない非人間性であり、歴史の不可測性であり、人知というものの存外な底の浅さではないだろうか。まさに我が眼を我が耳を疑うばかりである。いま我々は、世界や歴史や人間存在や国家の動態をつなぐものが偉大な哲理や深遠な法則性などてはまったくなく、ひょっとしたら、瞋恚や狂気や衝動に過ぎないのではないか、もっぱらそれらに支配されているのではないかという、うち払おうとしても払いきれない懐疑のただなかにいる。意馬心猿の景色はいったいどこまでつづくのだろう。人間は果たしてどこまで非人間的になれるのだろうか。答えはまだ見えていない。道標はつとに失われ、もはや信ずべき道案内もいない。さしあたりわかっているのは、世界や歴史や人間存在や国家や人知の、哀しいまでの寄る辺のなさである。そして、どこかでいままた新たな戦争が立ち上がりつつあるのだ。(中略)
 きたるべき(あるいはすでに到来した)戦争の時代を生きる方法とは、断じて強者への服従ではありえない。人間(とその意識)の集団化、服従、沈黙、傍観、無関心(その集積と連なり)こそが、人間個体がときに発現する個別の残虐性より、言葉の真の意味で数十倍も非人間的であることは、過去のいくつもの戦争と大量殺戮が証明している。暗愚に満ちたこの時代の流れに唯々諾々と従うのは、おそらく、非人間的な組織犯罪に等しいのだ。戦争の時代には大いに反逆するにしくはない。その行動がときに穏当を欠くのもやむをえないだろう。必要ならば、物理的にも国家に抵抗すべきである。だがしかし、もしもそうした勇気がなければ、次善の策として、日常的な服従のプロセスから離脱することだ。つまり、ああでもないこうでもないと意義や愚痴を並べて、いつまでものらりくらりと服従を拒むことである。弱虫は弱虫なりに、小心者は小心者なりに、根源の問いをぶつぶつと発し、権力の指示にだらだらとどこまでも従わないこと。激越な反逆だけではなく、いわば「だらしのない抵抗」の方法だってあるはずではないか。
(辺見庸著『永遠の不服従のために』あとがきより)

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2006年12月19日 (火)

途絶えている仕事に子猫の鳴き声に、心穏やかならず

03/06/16 (月)
 
Sozairain01b 鬱陶しい梅雨の最中、途絶えている仕事に子猫の鳴き声に、心穏やかならず。
元請けの監督に仕事の状況を訊ねる。このままでは他にアルバイトを探すしかない。そうなれば仕事が入っても早急に対応できなくなる。どうなっているのか?
 返ってきたのは「今日やっと材料が入った」という監督の力ない言葉・・・半月も材料が入るのを待っていたとは思えない。口にこそ出さない私の本音は『正直に云ってくれよ、何か別の理由があるんだろ?』といったところだ。下請けを疑心暗鬼にさせるのは、こうした元請けの秘密性にあるのだ。正確な情報に向き合わない限り対処もできない。これまで安い単価に甘んじてきたのも、必死で不況を乗り切ろうとしている元請けの姿勢を考えればこそだ。みんな生活がかかっている。私が安く仕事を引き受ける分、元請けも助かる。しかし・・・それにも限度がある。仕事が途絶えている理由が、仕事そのものが入らないためだったとしたら・・・私は無い仕事を待ちつづけていたことになる。今の世の中、我慢は美徳とはならない。元請けの我慢が累積赤字の継続にあるとしたら、破綻は一挙にやってくるだろう。私が心配しているのもそのことだ。

 今週の末まで入荷できるという監督、土曜日曜の休日に仕上げるいつものパターンだ。この間に、仕事がまとめて入らなければ最悪の状況を考えておくべきだろう。そして、その原因が元請けが銀行の融資を受けられなかったことだと、分析してもさほど間違ってはいないはすだ。インターネットを始めたという監督、ひょっとするとこれも読んでいるかも知れない。仕事の連絡に使ったらどうか?という私の提案に、あんたは「釣り仲間の連絡だけに使うつもりだ」と答えたね。便利な世の中になったものだ。

 雨もやんだ。ミッコの子猫たちもやっとオッパイにありついて静かになった。また騒ぎ出すだろう時のために、私もここいらでエネルギーを補充しておこう。正午過ぎ13時30分現在。

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一週間に一度くらい家族が動物に成り切る習慣はどうだろう

貧乏克服日記 03/06/16 (月)

 まだ夜も明けない午前2時、どしゃぶりで開けっ放しの窓から雨が吹き込んでくる。
縁側の窓を閉めていると、猫族たちがゾロゾロ付いてくる。邪魔なことこのうえない。
それに加えて隣室からミッコの子猫たちが盛んに喚き出している。ミッコはというと、彼女はチロの子猫にオッパイを与えながら、嬉しそうに喉を鳴らしている。
雨は小降りとなってやみそうだが、ミッコの子猫たちは鳴きやまない。かくして今夜も朝まで眠れそうもない。
 ここ二日ばかり、グレィ親子を見かけない。いつもなら餌をねだって来るのだが、心配だ。は雨に濡れるのを嫌がる。子猫が迷子にならなければいいが・・・野良猫の逞しさを信じていたい。
 いつも台所は惨憺たる光景だ。今度は玄米の入ったビニール袋を食いちぎられた。厚手のビニールが見事に食い破られ、玄米がこぼれていた。冷蔵庫に保管したが、最近ではその冷蔵庫の扉を開けることも覚え出した。こうして知恵比べはつづくのだが、今度ばかりはさすがに疲れた。

 ストレス解消に奇声をあげながら毎日定期的にバーベルを振り回している。その時ばかりは私は人間ではなく自分をゴリラだと思い込む。
この家はゴリラ十数匹の猫が共生する動物園のようなものだ。
最初は人間の言葉でに説教していたが、彼らにはそれが通用しない。それより唸り声で威嚇するほうが効果的だ。
食卓で魚を口に咥え、唸って母に叱られたことがあった。ちょっとふざけただけなのだが、一週間に一度くらい家族が動物に成り切る習慣はどうだろう? 言葉が通じない分、かえって心が通じ合うかも知れない。
仕事現場で捨てられていたマネキンの手を拾ったことがあった。それを隠し持って、家族団欒の最中にポイと投げた時のみんなの表情は見ものだった。そんなイタズラをして叱られたことが懐かしい。
 

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親の苦労、子知らず、彼らはやりたい放題だ

貧乏克服日記 03/06/14 (土)

 最近ではあまり買い物をすることが少なくなった。100円均一の日にまとめて買っていたが、その食費をデジカメのカード購入などに回していた。デジカメは接続部分が故障して使えなかったのだが、カードを手に入れたことで復活、さっそく猫族を被写体にしたというわけだ。その分、食費を切り詰め、毎日オニギリに塩をまぶして食べていた。玄米雑穀なので、これが意外と美味いのだ。
キャットフードも7~800円とあって、バカにならない。これを猫族たちは一週間以内で食べ尽くす。特に今年生まれたばかりの子猫の食欲は凄まじく、われ先に皿に飛びつき唸りながら喰らいつく。その様は恐ろしいくらいだ。それぐらいだからキャットフードで満足するはずもなく、特大サバ缶と玄米を混ぜた餌を瞬く間に平らげてしまう。カンパの猫用缶詰も彼らの大好物だ。猫まっしぐらCMを実感している。
それに加えて、彼らのところかまわぬ排出物で家の中は悪臭が漂う。それをキッチンパックで拾い、クレゾールを噴霧していく。絨毯なので、ときに洗剤で洗ったりするが、それでも臭いはなくならない。そのため縁側から庭に90センチ、長さ4メートルほどの金網小屋をつくった。風通しはよくなって臭いも何とか我慢できるところまできたが、それ以上に彼らの日々の排泄物は増加する一方だ。権兵衛が種まきゃカラスがほじくる、状態なのだ。

 チロが4匹産み、ミッコが2匹(もしくは3匹)、それに野良猫グレィが4匹産んだ今、パーココミックの2匹だけは何とか外に出さずに済んでいる。
この2匹がとりあえずの避妊手術の対象となる。
親の苦労、子知らずで、彼らはやりたい放題だ。台所のゴミ袋は食いちぎられ、鍋は床に落とすは、眠れたものではない。三兄弟の長男ナメ次郎は特に手を焼かしている。深夜になると外に出たいと鳴き喚き、外に出せば30分もしないうちに帰ってきて玄関先で鳴くのだった。夜中に出したり入れたり、その繰り返しに疲れて隔離してしまう。可哀想だが仕方がない。

 そんな猫族たちも、朝目覚めると私の枕もとで丸くなっていたりする。丸いといっても、親子合わせて10匹ぐらい群れをなしているのだから、けっこう壮観だ。
そんなの群れの中に頭をうずめ、死んだフリをすることがある。
少しは心配してくれるかと思いきや、子猫が鼻を齧ったりする。
こんな恩知らずののために私は苦労、かつ悩まされている。それでもふと可愛いと思ってしまう私は、いったい何なのだろう?

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