2006年11月 9日 (木)

我が家の猫族たちは九匹

▲02/06/27 (木) ▼

 昨日はあれから従弟の家族が心配して電話をかけてきた。朝早く帰ったはずが、帰っていないのだと言う。午後になっても帰って来ないと騒いでいる。
従弟はよほど家に帰りたくないらしい。子供ではあるまいし、再三の電話につい「いいかげんにしてほしいな」と声を荒げてしまった。帰りたくない理由も考えず、従弟を追い詰めていることに気付かないのだ。家庭が寛げる場になっていないから帰らないだけではないか。帰り際「また問い詰められる」と言った従弟の言葉を思い出していた。

 その日の夕方、いきなり目眩の発作に襲われる。不思議なことに、同時刻、妹や弟も具合が悪くなって寝込んでいた。こういうこともあるのかと、血縁の神秘を考えていた。私の場合、その原因は分かっていた。前夜に従弟と痛飲していたからだ。目眩する中で急ぎ深い鼻呼吸を敢行、しばし軽い睡眠に入る。これで目眩は軽減、大事に至ることはなかったが、酒もしばらく控える必要がありそうだ。
 チロ三匹の子猫を産んでいた。
これで我が家の猫族たちは九匹になった。予想通りだ。
チロの母性本能は凄まじく、チロの母親であるところのクロが産んだ子猫までも咥えてきて抱いている。
これら六匹の子猫たちにどんな名前を付けるか、ちと面倒くさくなっている。

 人の世は慌しく、今朝、従弟が行方不明になったとの電話を受ける。
いつも所持金を持たない従弟に「コンビニでオニギリでも買って食べろ」と渡した僅かなカネだったが・・・今日の電話では、給料を持ったままの逃避行らしい。
子供が大きくなるまで我慢しろ、といった私の忠告も無駄になった。親戚中を巻き込んでの今度の騒動も、唯一の理解者たらんとした私の徒労をもって幕を降ろさざるを得なくなった。もう従弟は帰らないだろう予感を覚えながら、一方でいつしかひょっこり現れては驚かせてくれる場面も想定している。
こんなときに思い出されるのが、故父の弟子であるところの同業先輩Sのことである。Sは学童の登校時に交通整理をかって出るような模範的な父親でもあった。そのSがある日、家族を捨て別の女性と連れ立って逃避行をしたのだった。十年以上も前のことだが、私の母が生存中に一度だけ連絡があった。横浜に居るとのことだった。それ以来、連絡は途絶えたまま、何処でどうしているやら分からない。
 社会的秩序を取り繕う多くの一般常識人には、今回の従弟の逃避行は恰好の嘲笑の的となるだろう。すでに心ない親戚によっても、彼は罵倒嘲笑されている。
従弟の逃亡に至るまでの追い詰められていく心理を理解しようともせず、他者を侮ることで優越感を共有する常識人たちの偽善に祝福あれ。
従弟が泊まった一昨日の夜に見た悪夢は、従弟の決意の現れだったのかと・・・曖昧にして潜在意識の片鱗を覗かせてくれた夢の示唆を考えている。

映画「レッド」その3
 ウォーレン・ビューティの映画「レッド」を再生、機知に富んだ場面を抜粋して観ている。グリニチ・ビレッジに集うジョン・リードたちの仲間たちは、そのまま時代の最先端を驀進して行った才能の集まりでもあった。リードの交遊者を調べて列記してみる。
 エマ・ゴールドマン(Emma Goldman 1869-1940)リトアニア生まれのアナーキスト、24歳でニューヨークに渡り女性解放運動に没頭する。幾度か逮捕されたのち、1919年にアメリカ国外追放となってロシアに送還される。1921年、ロシア革命に失望して脱出。映画「レッド」でもロシアに渡ったリード夫妻を陰で支える役として登場している。
 W・リップマン(Walter Lippmann 1889-1974)米政治評論家、「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」の特別寄稿者として活躍、著書に「冷たい戦争」。ピューリッツァー賞受賞者。
 I・ダンカン(Isadora Duncan 1878-1927)モダン・ダンスの創始者、ロシア革命後にモスクワで舞踏学校設立。首に巻いたショールが自動車の車輪に巻き込まれて事故死している。
 E・S・V・ミレー(Edna St. Vincent Millay 1892-1950)米国女流詩人、1912年作「再生」が脚光を浴びる。ほか戯曲「アリア・ダ・カポ」。
 スティーグリッツ(Alfred Stieglitz 1864-1946)米国写真家、近代写真の父として有名。
 M・サンガー(Margaret Sanger 1883-1966)米国女性社会運動家、1921年、育児制限の合法化獲得。
 ユージン・オニール(Eugene O`Neill 1888-1953)米国劇作家、1920年「地平のかなた」がブロードウェイで上演。ほか「皇帝ジョーンズ」などあり、1936年にノーベル文学賞受賞。1924年作「楡(にれ)の木陰の欲情」は、私の推測だがリードの愛人ルイーズとの不倫が色濃く反映していると思われる。
 後にジョン・リードと結婚するルイーズ・ブライアントは、リードと出合った当時は歯科医ポール・トラリンジャーの妻だった。性的にも急進的な自由を謳歌していたビレッジの住民たちにあって、若きジャーナリストのリードとトラリンジャー夫人ルイーズも急接近していった。やがて二人は同棲生活することになるのだが、アメリカ共産党結成に多忙な日々を送るリードにルイーズの心に隙間が広がっていく。その隙間にリードの親友ユージン・オニールが割り込むようにして不倫が始まるのだ。これに気付いたリードは、自分もまた自由恋愛主義者の手前、ルイーズを詰問することなく結婚というかたちで解決を試みる。その後二人は共にロシア革命を間近に目撃することとなり、再度ロシアに渡ったリードが行方不明となった時も、ルイーズは後を追いかけるようにしてロシア中を探し回っている。やっとルイーズがリードと再会した時には、リードの体はボロボロになっていた。
こうしてみると映画「レッド」はロシア革命を背景とした恋愛物語ともいえるかも知れない。ウォーレン・ビューティの才能は、これを単なる恋愛物語とせず、背景の時代考証を丹念に再現したところで発揮されている、と私は個人的に思っている。

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どうやら子猫を産んだらしい

▲02/06/26 (水) ▼

 昨夜、悩みを抱えて従弟がやってきた。
「オレはアドバイスぐらいは出来るが、結局のところ決断を下すのはオマエ自身だ」・・・疲れきった従弟を目前に突き放すように言ったが・・・オレは間違っているだろうか?・・・
従弟の優柔不断に業を煮やして、叱りつける。潔さがまるで感じられない・・・悶々と同じ悩みを繰り返す従弟が、それでも私は可愛くて仕方がないのだ。
独り暮らしの私を羨ましがっている奴に、その孤独を説いてやる。
下の子供がもう中二なのだと・・・親の責任まであと一年間は我慢しろ・・・そうしたら何処にでも自由に行け・・・家族であれ、夫婦であれ、誰もオマエの自由意志を阻止することは出来ない。その権限もない。たかだか70年ぐらいの寿命に、自分の人生が悔いばかりだったと嘆くよりは、自由奔放に生きるほうがマシというものだ。それも出来ない臆病者は死んでしまえ。死んでいく人間を羨やむほど、生きることの地獄に耐えられないというなら・・・自殺するしかないだろう。それもオマエの自由意志だ。
だがな・・・こうしてオマエの地獄に向き合っているオレの存在も忘れるな。手前勝手な自由はエゴに過ぎん。そうしたエゴが他人の心を踏みにじっていくんだ。
ここはオマエの駆け込み寺であっていい。いつでも逃げ出して来い。オレが生きている限り、いつでもオマエの地獄と向き合ってやる。だが忘れるな・・・オレの命も有限であることを・・・
だから忠告しておく。心の支えを他に求めるな。心の支えは他でもない、自分の心中にしか築けないことを・・・

 夢をみた・・・抜き身の短刀を手にした自分が、これから何をしようとしているのか?自害しようというのか、誰かを殺そうというのか・・・それとも単なる決意の現われなのか・・・わからない。何処かで覚悟を迫る声がする。生死の境で決断を迫られているようだ。何を決断すればいいのか? それすら分からないで不気味に光る短刀を手にしている、その意味は何なんだ。捨てようとする短刀が手から離れない・・・手元を見て唖然とする。手が短刀と同化している。オレの手が、その心が凶器になってしまったかのようだ。誰かを、自分を、何かを傷つけずにはいられない心の現われか・・・
 朝、従弟が帰って行った。
 チロの腹が萎んでいた。どうやら子猫を産んだらしい。猫族大家族の出現だ。
どうするの? 妹の心配顔・・・
知るもんか! 聖書にもあるだろう、産めよ増やせよ地に満ちよ・・・神様に逆らうことは出来ない。

映画「レッド」その2
 ロシア「二月革命」で退位したニコライ2世だったが、その後の臨時政府にはルヴォフ皇太子が据え付けられた。その位を奪ったアレクサンダー・ケレンスキー(Aleksandr Fyodorovich Kerenskii 1881-1970)がボルシェビキへ反旗を掲げると、どういうわけか意に反してボルシェビキ革命の道が開かれるのである。
この時、後のボルシェビキ革命の旗頭となるレーニン(Vladimir Il`ich Lenin 1870-1924)とトロツキー(Lev Davidovich Trotskii 1879-1940)はロシアにはいなかった。レーニンはロスチャイルド(Rothschild)家保護の元スイスに、トロツキーはロックフェラー(Rockfeller)家のお膝元ニューヨークに、それぞれ滞在している。具体的に言えば、トロツキーはアメリカのパール・ワールブルク(Paul Warburg)から、レーニンはドイツのマックス・ワールブルク(Max Warburg)から資金提供を受けていた。
ワールブルク家とロックフェラー家の密接な関係上、その資金はロックフェラー家からのものと推定されよう。ロシア革命はかくして計画、かつ用意されていた。そして・・・トロツキーがカナダ経由でロシアに帰ると、レーニンは金塊を満載したドイツ経由の封印列車でチューリッヒを発ち、ペトログラードへと向かう。つまりは世界の大富豪たちによって二人のボルシェビキ指導者が育成用意されたのであり、決してロシア民衆が彼らを呼び寄せたのではなかったのである。
飢えに苦しむロシア民衆には革命に必要な金塊など用意できるはずもなかった。このことの真意はいずれ後世において明らかにされるものと信じたい。そして9年後、その効果が現れ始める。
 1926年、ロックフェラー家からソ連共産党に貸し付けられた7500万ドルの資金は、ヨーロッパ市場へのソ連産石油輸出の締結といった形で使われると、ロックフェラー家のスタンダード石油(Standard Oil Co.)とバキューム石油が独占契約を結ぶ。
 1927年、ロックフェラー家のスタンダード石油はロシアに石油精製施設を建設。これをスタンフォード大学フーバー研究所のアントニー・サットン教授は次のように皮肉っている。
 「我々は、その後この施設が共産主義者に没収されたことを聞いていない。ということは、ロックフェラー家が鉄のカーテンの向こう側で今も施設を所有し、スイスの秘密口座を通じて莫大な利益を得ていることを意味していないだろうか。もしそうだとすれば、ロックフェラー家は彼らの得た利益を株主配当や税金の形で減らさなくても済むわけだ」

 革命の父ウラジミール・レーニンの本名はウラジミール・ウリヤノフ(Vladimir Uliyanov)といい、その先祖は女帝エカテリーナの専属宝石商Ivan Groschopfという成り上がり貴族であった。彼の兄アレクサンドル・ウリヤノフ(Aleksandr Uliyanov)は皇帝暗殺の容疑で処刑され、それでも生き残ったレーニンの一族は、その最大の理由に姉アンナ(Anna Uliyanova)の結婚相手がロマノフ家大貴族マルク・エリザロフ(Mark Elizarov)だったことがあげられよう。
 一方レフ・トロツキーの本名はブロンシュタイン(Leid Bronshtein)といい、裕福な地主農家ダヴィッド・ブロンシュタイン(Davyd Bronshtein)を父とする。母方のスペンゼル(Spentzer)家からは南ロシア最大の出版社を牛耳るモイセイ・スペンゼル(Moisei Spentzer)と国立ユダヤ人学校の校長ファニィ(Fanny Solomonovna)が輩出されている。トロツキーにとってはイトコになる。ソ連共産党指導者カーメネフ(Lev Kamenev本名Rosenfeld)は彼の義兄にあたる。

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鼻歌まじりに庭木を眺め

▲02/06/25 (火) ▼

020803wanpark  昨日は陰鬱な天気が心に反映したかのように訳もなく苛立っていたようだ。しばし反省。
鼻歌まじりに庭木を眺め、子猫三銃士たちの無邪気に戯れる様子に心を傾けよう。
そろそろチロのお産も間近のようで、腹に触ると羊水の中で何か動いているのが感じられる。

映画「レッド」その1
 一昨日テレビで観た映画「レッド」(1981年)は主演&監督ウォーレン・ビューティの才能を堪能させてくれた。
インターネットで関連サイトを検索すると、「世界をゆるがした七日間」著者ジョン・ジャック・リードの実話映画化との解説があった。正確には「世界をゆるがした十日間」であろう。
この本は1917年11月6日のロシア「十月革命」に遭遇した米国ジャーナリストのジョン・リード(John Read 1887-1920)が執筆したもので、ロシア暦では10月24日にあたることから「十月革命」とされている。その八ヶ月前にはペトログラードで飢えに苦しむ労働者たちのデモが勃発、これに賛同した兵士が加担して反乱となり、皇帝ニコライ2世(Nikolai RomanovⅡ1868-1918)の帝政は崩壊する。これが世に言う「二月革命」であった。これ以来、ロシアはソビエトと臨時政府の二重政権状態がつづき、そして11月7日、レーニン(Vladimir Il`ich Lenin 1870-1924)の率いるボリシェビキが民衆の支持を獲得して臨時政府を打倒する。
これより12年前の1905年、オデッサ湾で戦艦ポチョムキン(Potyomkin)の反乱が勃発しており、ロシア革命の火蓋を切った重要な事件となっている。【参照】今年5月23日の日誌

 ジョン・リードは社会主義的雑誌「ザ・マッセズ」の編集に携わる関係からロシアに向かい「十月革命」を目撃することになる。彼は帰国後、アメリカ共産党の結成に奔走し、やがて再びロシアに渡って客死している。映画「レッド」はリードの生涯を忠実に再現しながら、誇張することのない巧みな演出効果で観る人を引きずり込んでいく。

 1937年にバージニア州リッチモンドに生まれたウォーレン・ビューティ(Warren Beatty 1937/3/30-)は本名で、ハリウッド女優シャーリー・マクレーン(Shirley MacLaine 本名Shirley MacLean Beatty 1934-)の弟にあたる。ウディー・アレン(Woody Allen 1935/12/1-)1965年作「何かいいことないか子猫ちゃん」は彼のために書き下ろしたもので、ビューティは恋人を「子猫ちゃん」(プッシーキャット)と呼ぶ癖があった。しかし、プロデューサーが恋人レスリー・キャロン(Leslie Caron 本名Leslie Claire M. Caron 1931-)を相手役に起用しなかったためにビューティーは降板、代わりにイギリス人俳優ピーター・オトゥール(Peter O`Toole 1932-)が主演したというエピソードがある。ちなみにビューティーのプッシーキャットとしてはナタリー・ウッド(Natalie Wood 本名Natasha Gurdin 1938-1981)が有名。
 ナタリー・ウッドはロシア移民の舞台美術家ナタリー・グルディン(Natalie Gurdin)とバレリーナ(Mariya Kuleva)の間に生まれている。彼女の結婚相手は俳優ロバート・ワグナー(Robert Wagner)であったが、彼女が事故死した後には007ボンドガール役ジル・セント=ジョン(Jill St.John)と結ばれた。1992年11月3日のアメリカ大統領選挙で若きビル・クリントンが大勝利を収めると、ハリウッドのプロデューサーのハリー・トマソンはクリントン夫妻を西部に招き、豪華なパーティで歓待している。その宴席で注目を浴びたのがロバート・ワグナーとジル・セント=ジョンのカップルだった。
ロバート・ワグナーは裕福な鉄鋼業者の息子であったが、一方のジル・セント=ジョンは本名をジル・オッペンハイム(Jill Oppenheim)といい、デンマークの億万長者Curt Reventlowの御曹子Lance Reventlowと結婚していたこともあり、かつてはキッシンジャー国務長官のパーティ同伴者としてゴシップの種にもなった。彼女にとっては役柄のボンドガール以上に刺激的な人生を満喫しているようである。彼女の前夫Lance Reventlowはデンマーク大富豪Curt Reventlowとバーバラ・ハットン(Barbara Hutton)の間に生まれたが、そのバーバラ・ハットンの祖父フランク・ウールワース(Frank Woolworth)が、かつての世界最大小売店「ウール・ワース」の創業者だった。そして、その重役椅子に座っていたのがヒラリー・クリントンという女性で、1992年に夫クリントンをアメリカ大統領にまで押し上げるのである。

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九匹の猫族たちが

▲02/06/22 (土) ▼

 昨夜のテレビ番組「銀幕の伝説グレタ・ガルボ」で興味深かったのは、日本軍による真珠湾攻撃(1941年12月8日)に際してハリウッド内でも外国人追放が起こっていたことである。
映画会社がスパイを恐れてのことだったが、グレタ・ガルボ(Greta Garbo 1905-1990 本名Greta Lovisa Gustafsson)も例外ではなく、MGM創業者ルイス・B・メイヤー(Louis Burt Mayer 1885-1957)によって故郷のスウェーデンに帰されている。
皮肉なことに、当時はグレタ・ガルボもスパイとは何ら関係はなかったが、のちに彼女の北欧生まれという経歴がアメリカ情報部の興味を引くことになる。
ナチスの原爆開発に従事させられていたデンマーク物理学者ニールス・ボーア教授の救出作戦に、彼女はその脱出ルートをつくるために利用されたのである。利用されたというより、彼女のヒトラー嫌いからすれば進んで協力したことになるだろう。つまり、ハリウッドの大女優グレタ・ガルボは同盟国のスパイとなったわけである。
彼女はナチスの占領下にあったノルウェーとデンマークの地下に極秘の連絡ルートをつくるよう指示されていた。やがてボーア教授はストックホルムのガルボの協力者によって保護され、スコットランドに脱出すると、「スクリーン以外ではとても遭えないと思っていた」大女優グレタ・ガルボの祝杯を受けている。
その後、ボーア教授はアメリカの原爆開発マンハッタン計画に参画、その原爆が日本に落とされることになる。
これらの事実も昨夜の番組では一切触れてはいなかったが、彼女自身がMGMによって追放された後、オナシスやロスチャイルドといった世界的な大富豪と交遊していた事実は、その関連性を暗に示唆しているようで興味深いものがある。

 仕事も最終段階に入り、神経がピリピリしている。
修復つもりが、新たなトラブルを生んでしまうことも多い。これで完璧だと納得せぬかぎり、手直しが延々と続くことになる。どこかで見切りを付けなければならないのだが、さっきも手直し中に新たなトラブルが生じてしまった。完全乾燥しないうちは修復もできず、結局は明日に持ち越すこととなった。

こんなときに限って白猫チロが工場内を素通りして、交通量の激しい旧国道に飛び出したりする。それを追いかけては家の中に帰したりしているのだが、これでは仕事に集中できるはずもない。
家に入れば子猫三銃士たち合わせて九匹の猫族たちが擦り寄ってくる。
時に安らぎを覚えることも確かだが、今日のように仕事の邪魔になると煩わしくなる。

納期まで時間的な余裕はある。新品のオービタルサンダーも届いた。仕事は順調に進んでいる、と自分で自分を納得させて今夜はビールを飲んでしまおう。
採算ペースで言うなら約一日で仕上げなければならないところだが、技術のレベルを上げるのが先決だ。それまで会社を持ちこたえることが出来るかどうか?日本国内の景気の動向が気になるが、調べても壊滅的な経済状況しか見えてこない。
特にNECと富士通の連結余剰金は今期も各1000億円のマイナスとなることが予想されており、これからさらに深刻な事態を招くことは避けられないだろう。
去年初頭あたりで第三セクターの負債総額も13兆5,000億円にのぼっている。大変な事態が迫ってきている。
ワールドカップで熱狂した若者が「ニッポンは負けたけど僕達に希望を与えてくれた。ニッポンに生まれて良かった」と涙を流していたのをテレビで見たが・・・そのニッポン国の現状を考えると、私は別の意味で涙を禁じえなくなる。
膨大な国の借金を先送りにしたまま、その負の遺産を若者たちに平気で託せる大人たち・・・この国のかたちは消滅してしまった。

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ここは猫の楽園

▲02/06/18 (火) ▼

 時々このページを読み直していて誤字脱字のみならず、勘違いしたまま書いてある箇所もあって、その都度訂正しているものの赤面の至りである。
出来るだけ事実に基づいて書くことを心がけているが、それらをベースに推測する場合も多々ある。その推測が後に的を得たものでなかったにしろ、その時はそう推測したのだから、そのまま訂正することなく残したいと思っている。
特に私の場合、思春期に学業をエスケープした者として、基本的な学力そのものが欠落している。それを補うための辞書引きという習慣が今でも続いている。誤りは訂正していきたいと自分を戒めてもいる。事実認識という点でも、何をもってそれを事実と断定できるのか? といった問題もあろうが、とりあえず根拠となる情報源だけはいつでも提示できるようにしてある。
反面、事実にそれほど囚われない創作も多用していくつもりである。つまりは型に嵌らない、自由意志の発露みたいなところで、ときに理解不能な散文詩的な曖昧さも必要だと・・・捕らえどころのないフワフワした心のようなもの・・・虚々実々、好奇心の旺盛さで酔いしれながら夢想の世界に浸ってみたくなる。

 昨日の朝、突然訪れた元従業員が、子猫三銃士を見て「ありゃ、ついに産まれたんだ!」と驚いていた。
「驚くのはまだ早いぞ」と、腹の大きくなったチロを指さすと、「猫の動物園でもやるつもりなの?」と目を丸くして呆れていた。
妹も「何だか恐くなった」と真顔で心配している。

ここは猫の楽園なんだ。生きものの楽園と言っていい。
台所にはゴキブリもいるぞ、虫も殺せない人間とはオレのことを言うんだ。オレが死んだら土の中に埋めてくれ。そうすれば虫たちがきれいに掃除してくれるはずだ。そんな虫を殺せるか? 最近の奴らは虫とみれば毛嫌いして殺虫剤で平気で殺してしまうが、この地球上から虫がいなくなったら人類は間違いなく絶滅する。
本当の害虫とは人間のことを指すんだ。戦争は起こすし、地球は汚れる一方だ・・・
こうなると感情が昂ぶって止まらない・・・逃げるように退散する元従業員を見て、やっぱりオレは「変人に思われている」のかな? と思うのであった。
ここで肝要なのは「変人なのかな?」という自己懐疑ではなく「そう思われているのかな」という他者への問いかけである。
自然人の私としては、自然とは反する生き方をしている大多数こそが変人なのであり、非常識なのだから・・・オレとって自分は至ってノーマルな人間なのだ。

 先月末だったか、例の同業者から電話がきた際「馬券当たって喜んでいる小泉のニュース見たか? 俺たちが今日の食事にも事欠いている最中に、総理大臣が馬券的中して大喜びしてるんだぜ・・・おかしいと思わないか? 俺、この国が情けなくなっちゃったよ」と言っていたことを思い出した。
小泉総理が観戦したのは先月26日の69回日本ダービーのことであろう。
この頃、米英仏の首脳たちは印パでの緊迫した核ミサイル対峙に緊急会議に入っていた。以下、印パ紛争でのニュースタイトルだけを抜粋する。
5/27-印パ、数カ所で衝突、7人死亡
5/27-インド軍のシナリオは限定攻撃 現地有力誌報道
5/27-パキスタン大統領が27日夜演説、国内結束訴えへ
5/27-印パ緊張で豪が退避勧告
5/27-パキスタン:核実戦配備か 兵器用ウランの生産を加速
5/26-カシミールで砲撃、印パ双方の住民に死者
5/26-英が印パ両国に武器禁輸
5/26-パキスタンが再び発射実験 短距離ミサイル
5/25-パキスタン大使がインド出国
5/25-ミサイル発射実験:「戦争準備出来ている」 パキスタン大統領
5/25-パキスタンがミサイル実験
5/25-印パ「非常に危険」と米国務長官
5/25-核先制使用はパキスタン 生存窮地の選択肢
5/24-「印パに核戦争の可能性」 英軍が対応策検討
 特に小泉がダービー観戦する前日25日は、核戦争も起こりかねない非常に緊迫した状況だったことが分かる。
世界で唯一の被爆国ニッポンを預かる指導者が、この時、馬券的中に小躍りして喜んでいたのだ。この小泉という人間の脳細胞はどうなっているのだろうか?
遅々として進まない彼の「構造改革」も、彼の三年前の次のような言葉を思い出すとき、背筋が寒くなってくる。
「日本人は、後は滅びるしかないところまで転落しないと分からない国民だ。 改革なんて出来る訳がない」・・・
こういう男が国民の熱狂的支持率90%で総理大臣となり、いまや30%の支持率に転落したとはいえ、まだ今も総理の椅子に座っているのだ。
このことの意味を、私は彼のタカ派的発言と共に最も危惧するものである。
彼の言葉を借りて言わせてもらう「滅んで欲しいのはアンタの内閣そのものだ」と・・・それでないと日本国民が滅んでしまうことになる。
全ての主権は国民の側にあり、その国民を蔑ろにするような指導者は去ってもらおう。
真の主権者たる国民が総理への支持を放棄した今、このへんで野党一致団結して国民の意向を実行に移すべき時ではないのか。それも早急に・・・取り返しのつかないことになる前に・・・

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2006年11月 8日 (水)

昨夜からペロが帰ってこない

▲02/06/14 (金) ▼

 昨夜からペロが帰ってこない。
車に轢かれたのではないか? と何度も懐中電灯を持って旧国道沿いを探し、今朝も近所周辺を探し回ったが見当たらない。
何処をほっつき歩いているのか? 腹をすかして帰ってくるペロを待っている。死んだなどとは考えたくない希望が、いつものように私に餌を用意させている。

昨日は妹に「たまには食事をつくってくれ」と頼んだら「冷蔵庫に何も入っていない」と断られた。卵と納豆ぐらいは入っているのだが、それでは料理が出来ないらしい。
猫族たちにはいつも魚の缶詰とキャットフードを与えながら、自分は即席ラーメンを食べる日が続いている。
彼らが無心に餌を食べている様子を見ると、それだけで嬉しくなってくる。一匹でも欠けると心配で仕方がないのだ。ペロが心配だ。

200108chiro2_1   子猫三銃士たちが出てくるようになって、姉さんチロに変化が起きたようだ。
最初は戸惑って子猫を避けていたチロだったが、子猫が擦り寄ってくるようになると母性本能に目覚めたのか、子猫を引き寄せては抱くようになった。母親になったつもりでいるのだろう。
今は実の母親クロとその娘チロが、互いに三銃士たちを抱いて寝ている。
ちと気になっているのは、クロの尻尾に深い傷があることだ。消毒しておいたが、人間によるイタズラでなければ良いがと思う。
最近、こうしたへの虐待事件が続発しているのも気になる。
昨夜から帰って来ないペロも、正午前に帰って来た。
ペロはオスとあってかなり遠くまで徘徊しているようだ。自宅と工場含めて300坪ある縄張りだけでは満足できないらしい。メスを求めての徘徊だと思うが、いつも私に「男はつらいね」と慰められるペロであった。
慰めている私にしても同感同胞の極みではあるが・・・

 午前中、元請け社長が最後の二台を引き取りにきた。床と接触する台座(ベース)の底を研磨するよう指示され、以後、別の精密機械本体(ロータップ)とベースの二台の入荷予定を告げられる。すでに材料は準備してあり、いつでも作業にかかれるようになっている。速乾と標準の使い分けも肝要で、また新たな材料を注文するつもりでいる。これまでの速乾性材料でも出来ないことはないが、夏場は乾燥が速すぎて、仕上げが斑になったりザラついたりする欠点もあるのだ。特に仕上げの段階では標準型の材料に替えたほうが表面が均一になる。凸凹だらけの鋳物をパテで肉付けをし、サンダーで研磨し、かつペーパーで磨くといった作業の繰り返しである。その都度ペーパーも180番から400番と、荒いものから細かいものへと替えていくことになる。
とりあえず仕事がひと区切りついたので、しばし足を休ませておこうと思っている。それから徐々に下半身の筋トレで慣らしていくつもりだ。
 

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子猫三銃士

▲02/06/13 (木) ▼
 
020613sanjyushi  あと一台仕上げればゆっくり休める・・・と思っている気の緩みを戒めて、最後の段階で念には念を入れて作業を繰り返している。
「これで完璧だ」ということは永遠に有り得ない。トラブルの多くは地球の重力だ。完璧な仕事をしようと望めば、宇宙空間に飛び出して無重力の環境下でやるしかない。NASAに電話してスペースシャトルをチャーターし、工場の機材を積み込んで「ちょっくら宇宙に行ってくらあ」の大仕事となる。そうなると単価一万の仕事が、総計何十億にも膨れ上がる。悲しいかな現実は、地球の重力からは一歩も抜け出せない環境下で、「この程度で良いだろう」までの完璧を求めての作業の繰り返しが続くというわけだ。

 昨日はまた幼なじみの友人がやってきた。彼を今後「F」と呼ぶことにする。
彼Fは休日を利用して自分の仕事を開拓しているようだ。そのために私がいろいろとアドバイスをし、使わなくなった材料を提供している。つまり、Fは私と同業の建築の仕事を目指しているようなのだ。積極的なFのこと、すでに近所から仕事を請け負っては生活費の足しにしている。以前から私の手伝いをしていたこともあり、大概のことはこなせるようになっている。かつてはFが仕事を取ってきては、私が見積もって仕事をするということもあった。百万近くの仕事をすればけっこう利益も出る。Fの営業手当として約一割から二割程度を加味し、その都度Fも手伝うのでその工賃を含めると二ヵ月分くらいの生活費は捻出できてしまう。最近は不景気でそうもいかなくなったが、「いつクビを切られるか分からない」とハラハラしているFを見ていて、再びこの方式でコンビを組んでみたくなった。私も今は金属の分野で何とかやっているが、このままでは殆ど利益が出ない。それなら昔取った杵柄で、もう一度建築部門でFと一緒に挑戦するのもいいのではないか・・・問題は私の持病という障害だが・・・悩むところである。

 夕刻まで何とか仕上げたが満足せず、ただこれ以上手を加えると修復不可能なことにも成りかねない。んで断念、一応完成ということにした。あとは監督のチェック次第だが、単価的にはこれが精一杯である。
終わってから自宅にてビール500ミリリットルを飲み干す。
妹が事務を終えての帰り際、亭主サイドの財産分与の話をする。裁判沙汰の話も出ているが、どうやら弁護士が躊躇しているらしい。つまりは強欲な長男が独り占めを図っての裁判沙汰、その本人が裁判に応じないという。問題の長男は、妹の亭主の実兄にあたるのだが、こいつの強欲は今に始まったことではない。結婚式当日に祝い金全部持っていってしまうほど、カネとみれば眼の色が変わる見境のない拝金主義者である。泥棒と言っていいだろう。私の妹の結婚式とあって、この時は完全にキレてしまいカネは返してもらったもののわだかまりは今も消えない。今度の事といい、どうやら腐った根性は治っていないようだ。私が出れば大騒ぎになるのは目に見えているので、ここは傍観者を決め込んでいるが・・・どうも面白くない。法律ではどうなっているかは知らないが、私ならとっくにその長男を殴りつけているだろう。そうすれば否が応でも裁判になる。もっとも訴えられるのは逆に私のほうになるだろうが、それくらいは覚悟の上だ。癪に障って仕方がない。いかんせん私には関係のないこと「酒がまずくなるからそんな話はするな」と妹を追い出すように帰す。
 今夜は外で飲みたくなった。財産の話など聞かねばよかった。人間のエゴの醜悪さには耐えられない性分なのだ。

 そろそろ今年生まれた子猫たちが出てまいりました。名付けて「子猫三銃士」・・・これで我が家の猫族は六匹になりました。

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チロがスズメを咥えてきた

▲02/06/11 (火) ▼

 昨日手がけた仕事は深夜0時を待たずに一気に仕上げた。あとは夜明けを待って、明るい中での最終チェック、それで完了だ。むろん駄目直しをしてからの完了だが、監督の了解があればそのまま完成品は元請け会社へ運ばれ、そこでパーツを装着、ラベルを取り付けて海外へと船出することになる。
工場にはあと一台あり、明日の納期まで仕上げなくてはならない。その納期の日に、ひとまわり大きい台座が入荷することになっている。それを完成させたら今度の一連の仕事は終わる。全て完了するのは今週の木曜日あたりか・・・台風が通過するようなことがあれば・・・おそらく延期しなくてはならないだろう。
工場がオンボロなので、まともに風雨が入ってくるのだ。それに看板も外れかかっている。外に出たとたん、外れた看板の直撃を受ければ大怪我をする。仕事どころではない。そのままポックリ逝くようなことがあれば、これは本望かも知れない。いや、もう少しだけ時間が欲しい。パソコンの前まで這って行き、この「日々雑感」にお別れの言葉を書かねばならない。
何処かでの鳴き声がして『ああ、に餌をやるの忘れた』と思いながら、徐々に目の前が真っ暗になっていく。そして首がガクンとキーボードの上に垂れ下がる。実に孤独な死である。それでもこの「日々雑感」は永遠に残りつづける・・・かも知れない。死んだらプロバイダ会社にカネを払えないのだから、きっと止められてしまうだろう。

そういえば今年に入ってからカネを払っていないのだが、この前、心配になって催促の電話を入れた。「インターネットの接続代を払いたいのだが、何の請求もないのはどういうわけか?」と言ったら、「すぐ請求に伺います」というので待っているのだが・・・まだ請求に来ていない。でもこうして接続できるのだから別にこっちは困らない。困るのは半年分いっぺんに支払いを請求されることだ。そのまえに私がポックリ逝ってしまえば、私的にはどうでもよいことになる。死んでまで心配していられない。
だけが心配だ。私が餌をやらずに誰がやるのか・・・特に産まれたばかりの子猫の運命やいかに・・・というわけで、まだ私は死ねないね。死ねません、ハイ。そこんとこ神様よろしく!
ちと疲れて変になってるようだ・・・すこし眠るか・・・あ、に餌やらなくちゃ。

 チロがスズメを咥えてきた。
スズメを助けようとした時には息も絶え絶えだった。
「チュン吉」と名付けたこのスズメを、包帯で巻いて介護した。呼ぶと眼を開けたりしていたが、やがて大きく身震いをすると死んでしまった。
工場前の狭い空き地に埋めてやった。ここには車に轢かれたも葬ってある。誰に飼われたかは知らないが、隣の奥さんに片付けるよう言われたであった。
その傍らにチュン吉が葬られている。
この忙しい時に、スコップで穴を掘ってスズメを埋葬する自分は何なのだろう?
チロに向かって「おまえは罪の意識がないのか?」と責めてみたが、チュン吉をいたぶって殺した犯人であるところのチロはアクビをしていた。

 台座二台は社長自ら引き取りに来た。納期が14日の、それより一回り大きな台座を置いていった。
台風4号はかなり弱まっているようだが、それでも通過時には突風も避けられないだろう。材料も足りなくなったので、注文した。建築とは違って金属の材料はやたら高価だ。これまで使う分だけ少量ずつ注文していたが、後々を考えて大容量の缶を購入したほうが得策であることに気付く。
何とか採算が取れるようしなければならぬ。それまでは未熟な自分を叱咤しながら、技能に磨きをかけていくことだ。

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全部で9匹になる・・・

▲02/06/08 (土) ▼

 夜明け前、何とかなりそうな段階まで仕事を進めた。
昼間は電動工具を用いての作業になる。これだけは音が煩いので夜間には出来ない。
風呂に入りそびれた。ラーメンを食いたいが、即席を切らしている。これからコンビニで買ってこようと思う。

最近クロが産んだ子猫たちが這い出してきている。小さな小さな命・・・可愛い。
チロのお腹も心なしか大きくなってきているように思う。
チロがさらに三匹産むとして、全部で9匹になる・・・うむ、こりゃ大変だ。
産まれ立ての子猫のためにミルクも買ってこよう。

 昨夜電話してきた友人は老人介護の仕事に従事しているのだが、その彼から足の痛みへの対処法を教わっている。出来るだけ足を上になるようにして寝てみろ、と言われていたので早速試した。これで少し痛みは軽減したように思う。立ちっぱなし、もしくは座りっぱなしでいると足の血流が悪くなるらしい。重力で血が足のほうに引き下げられているところに、それをまた引き上げるのだから心臓の負担もかなりあり、高血圧の原因にもなろうというものである。適度の運動によって血の流れを良くすることも肝要だ。私は時々仰向けになったまま足を上げて動かしている。さてと、太陽も昇ったことだし、これから電動工具を使った作業に入る。

 作業中に電動工具から煙が立ち昇り、動かなくなった。急遽、街までMTBに乗って新品を買いに行く。これが何と半値「助かったぁ」、帰社後、汗だくで作業続行・・・仕事をするというより持病の痛みとの格闘・・・一段落したところでダウン、足が動かない。椅子に座りながら、夕方まで何とか手を動かし続ける。明日の仕上げまで間に合わせなくてはならない。見切りのついたところで工場を抜け、裏の自宅まで体を引きずるようにして向かい、そして再びダウン・・・今日も深夜0時から作業を再開することにして、風呂に飛び込み、ビールを一気飲み・・・今夜は動かない体を休ませての酒盛りだ、やるだけやった後は野となれ山となれ。

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クロの母性が誇らしげ

▲02/05/23 (木) ▼

 カーライル・グループとランド・コーポレーションの密接な関係はシュレシンジャーの肩書きからも容易に読み取ることが出来るが、それ以上に顧問が今のブッシュ大統領の父親となればただならぬ気配を感じるというものだ。これにビン・ラディンが関係してくるに及び、現実は遥かに小説を凌駕して我々の好奇心を掻きたててくれる。今やカーライル・グループはアメリカ国防省内部にまで浸透していると噂されている。これらの概要についてはインターネットで公表されたダン・ブリオディ(DAN BRIODY)の「政界・産業界・国防を操って巨万の富を築くカーライルグループの闇」が参考になる。
カーライル・グループとビン・ラディン一族の関係は「ビン・ラディン一族も出資」の項に書かれてある。ここではビン・ラディンがすでに一族とは関係を断ったとされているが、少なくとも一族が彼によって潤ったことは確かであり、サウジアラビアにおいてはその権益ゆえに多大な影響力があると思われる。何よりテロの首謀者としてラディンを追い詰めているブッシュ大統領の父親がグループの顧問であることと、その同じグループにラディン一族が共に共存しているという奇怪さは「利害の一致」ゆえなのだろうか。表向きは敵対しているように見せかけながら、ウラでは別のシナリオを進行させている・・・そうとしか考えようがない。
旧ソ連とのアフガン戦争でCIAによって支援され、育てられたラディンが、そのCIAに捨てられる。参照、田中宇著「オサマ・ビンラディンとCIAの愛憎関係」 CIAの裏切りに復讐を募らせるラディンが今度はアメリカ介入のアフガン戦争によって対峙するという表向きのシナリオに、一方ではそのアフガン攻撃に投入されたクルセイダー砲によってカーライル・グループが潤っていた、などとは誰が想像できようか。しかしここでは確かにラディン一族とブッシュ親子が共に利益を享受しているのだ。田中宇氏は「中東ドバイのアメリカン病院に持病の腎臓病で入院したラディンを、CIA要員とサウジのタラキ・アル・ファイサル王子が見舞った」という未確認情報に、その後、サウジ政府の情報機関のトップを務めていたファイサル王子が解任されたことで、信憑性があるとしている。とすれば、CIAとラディンは敵対しているだけではなく、時には互いに歩み寄る愛憎関係にあるということになる。

 人間に捨てられるかも知れない子供のことを、知ってか知らずかクロ三匹の子猫たちに母乳を与えている。
餌を食べる時を除いて、クロは片時も離れず産まれたばかりの小さな子猫を抱いている。
私が覗くと嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らし、クロの母性が誇らしげにみえる。
イギリスの小説家サミュエル・バトラー(Samuel Butler 1835-1902)だったか「人間を別にすれば、あらゆる動物達は、生きていることの主たる仕事が、生を楽しむことだということを知っている」という言葉を思い出した。
人間を別にしなければ、人間も動物たちのように生きるだけことだけに生き、それを仕事として楽しめるようになれるものを・・・社会がそれを許さない。

「馬鹿が家を建て、利口者がそれを買う」といったイギリスの諺よろしく、西洋文明至上主義の悪しき貨幣制度が投機を促し、気が付けば今や日本は660兆円を越す負債大国となった。
歌う不動産屋と揶揄された千昌夫が、2800億円を越える借金に債権放棄が適用され、約1億5000万円に激減したとか・・・千昌夫の本名は阿部健太郎、「アベインターナショナルベンチャーズコーポレーション」の社長であるが、二年前の時点で負債総額はおよそ1000億円ぐらいだった。一年毎に900億近い借金が増え、今度は国がそれをチャラにしてくれるのだという。
なんという世界だ。バカバカしくてやってられないぜ。コツコツ働いてやっと家を建て、そのあげくにリストラされて家を手離し、なおローンを払い続けなければならない多くの国民の怒りと悲鳴が聞こえるようだ。
まさに「馬鹿が家を建て、利口者がそれを買う」そのままに日本は悪しき世界金融システムの餌食となったわけだ。
この腹立たしい諺を「正直者が家を建て、強欲で悪賢い奴らがそれを奪う」に変えておきたい。

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